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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5470号 判決

原告

稲垣昌子

右訴訟代理人

海川道郎

上山勤

被告

医療法人行岡医学研究会

右代表者理事

行岡伸子

被告

村尾耕三

右両名訴訟代理人

井上洋一

谷戸直久

大水勇

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和五〇年九月二六日、行岡病院で受診した患者であり、被告医療法人行岡医学研究会(以下、被告病院という。)は、右行岡病院を経営する財団法人であり、被告村尾耕三(以下、被告村尾という。)は、当時同病院に勤務する医師で、原告を診察し手術を行つたものである。

2  原告の症状及び被告らの診療

(一) 原告は、昭和五〇年九月二六日、自宅の階段から転倒し背部及び臀部を強打したため、同日午後三時三〇分ころ、行岡病院に赴き被告村尾の診察を受けた。被告村尾は、同日、原告を尾骨骨折と診断した。原告は、同日は同病院に一泊し同月二七日帰宅し、同月二九日、三〇日と同病院に通院した。

(二) 原告は、同月三〇日、行岡病院で受診した際、被告村尾から尾骨は不要な骨であり切除すればすぐに普通の生活ができるようになる旨の説明を受け、尾骨切除手術を強く勧められた。原告は、被告村尾の右説明を信用し、その勧めに従い尾骨手術を受けることにし、同年一〇月一日、同病院に入院し、同月二日、被告村尾による尾骨切除手術を受けた。

(三) 原告は、右手術を受けた後同月一四日行岡病院を退院したが、その後の経過が思わしくなく患部に内出血が生じたため、同月二二日同病院に再入院し、右入院後も手術の縫合部分が破れるなどしたため入院治療を継続した。原告の治療は同年一二月ころにはほぼ完了したが、手術後しばらくして発生した切除部分の痛みだけは消滅せず、むしろ痛みが増強したためさらに入院を続けた。

3  その後の原告の症状と受けた診療

原告は、昭和五一年二月下旬ころ、一向に痛みがとれなかつたので行岡病院の外泊許可を得て、国立大阪病院で診察を受けた。原告は、右診察の後、国立大阪病院から行岡病院での尾骨切除手術の際に切除後の骨の突出部に対する整形を行つていないことも痛みを増強させている一因であり、右突出部の形成手術をすれば痛みも幾分緩和するとの説明を受けた。そこで、原告は、同月二八日、痛みが残存したままの状態で同病院を退院し、その後は国立大阪病院で治療を受け、同年四月一三日から同年六月一六日まで同病院に入院し、この間右突出部の形成手術を受けた。しかし、原告の痛みは右形成手術を受けたあともほとんど変化なく継続し現在に至つている。右痛みは恒常的に生じ、時々激痛の発作を伴うものであり、その程度は労働者災害補償保険法の障害等級第九級一〇号に該当する。

4  被告らの責任

(被告村尾)

被告村尾は、原告の診察及び手術等を行うについて、次のとおり注意義務に違反して不適切ないし不十分な診療行為を行い、その結果原告に前記の痛みを生じさせたものであるから、不法行為者として原告に対し右症状によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(一) 本件骨折部位は解剖学的にみると仙骨に属するが尾骨との境界付近に位置しているため骨折の治療としては尾骨骨折の場合と同様に考えられるところ、骨折の場合は、どのような治療についても一般的に観血的療法はできるだけ避けるべきであるうえ、尾骨骨折については切除手術をすると場所が清潔でないため感染症にかかつたり、手術後局部に長期間痛みを残す危険性が多分にある一方、保存的療法として一定期間安静にしていれば骨折部分が固定して治癒するものであるし、その際に患者が被る痛みと生活上の不便はがまんできない性質のものではなく、それによつて受ける損害は切除によつて前記の危険性が現実化した場合の損害に比しはるかに小さなものであるため、原則として保存療法によるべきであり、疼痛が長期間持続するときにはじめて骨折部分の切除もありうるということが確立された治療方法である。しかるに、被告村尾は、右確立された治療方法によらない合理的な理由ないし必要がないにもかかわらず受傷後わずか七日目に原告に対し前記切除手術を行つたものであり、右切除手術は医療行為の裁量の範囲を逸脱した違法な行為である。

(二) 被告村尾は、原告に対し、本件切除手術を行うに際しその承諾を求める前提として、(1)本件骨折については、通常の場合、手術をしなくても一定期間安静にするという保存的療法によつても治癒するということ、(2)本件手術をすると感染症に罹患したり、手術後長期間にわたつて痛みを残したりする危険性のあることを説明すべき義務があるにもかかわらず、原告に対し、右事項については全く説明せず、手術をしないと二か月ないし三か月も寝ていなければならないが手術をすれば二週間ないし三週間で普通の生活ができるとか、尾骨は不用な骨であるということのみを説明したにすぎない。したがつて、被告村尾は、本件切除手術をなすにあたつて原告から有効な承諾を得る前提として必要な説明をなさなかつたものであるから、本件手術は説明義務を尽くさず有効な承諾のないまま行われた違法な行為である。

(三) 原告の前記痛みと本件手術との間に因果関係のあることは、次の事情により明白である。

(1) 本件手術をした場合手術後局部に長期間にわたつて痛みを残す高度の可能性があること

(2) 通常本件のような尾骨骨折が保存的療法によつて治癒した場合これほど長期にわたつて強い痛みを残すことはないこと

(3) 本件の場合、手術後一旦は痛みが軽減したがしばらくして痛みが起こりはじめ、しかもその痛みの性質は手術前の痛みとは異なりますます強くなつていつたことからみて単なる尾骨骨折からくる痛みとは考えられないこと

(4) 本件手術以外に原告の痛みを説明できる事情が全くないこと

(被告病院)

被告病院は、原告との間に診療契約を締結し、被告村尾を履行補助者として原告の診察及び手術等の診療行為をなしたが、原告は、被告村尾の不適切ないし不十分な診療行為の結果前記痛みを生じたものであり、被告病院は債務不履行責任に基づき原告の右症状により生じた損害を賠償すべき責任がある。

また、被告病院は、被告村尾を雇用し、被告村尾の右診療行為は被告病院の業務の執行につきなされたものであるから、民法七一五条により原告の右症状によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

右債務不履行または不法行為により、原告に生じた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 四六万二四九五円

(二) 入院雑費 一四万七〇〇円

(三) 休業損害 六五万七〇〇〇円

(四) 将来の逸失利益 六七三万三五四九円

(五) 慰藉料 五六八万円

6  よつて、原告は、被告ら各自に対し、被告病院については債務不履行責任または民法七一五条の不法行為責任に基づき、被告村尾については民法七〇九条の不法行為責任に基づき、前記損害金合計一三六七万三七四四円のうち金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五〇年一〇月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める(但し、原告が行岡病院で初めて受診したのは昭和五〇年九月二六日午後四時二五分である。)。

(二)  同2(二)の事実のうち原告が手術を受けるため同年一〇月一日行岡病院に入院し、同月二日被告村尾による尾骨切除手術を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

被告村尾は、同年九月二六日原告が行岡病院で受診した際、原告の説明に基づきレントゲン写真を撮影し、その結果尾骨骨折と診断し、原告に対し、負傷部位の湿布、点滴、ソセゴン及びアタラックスPという鎮痛剤の投与等の治療行為を行い、本来ならば自宅に帰して安静にさせるところ、原告の訴える痛みの程度がひどかつたため、原告の希望を入れて様子をみるため入院させた。被告村尾は、その間原告に対し入院時に行う一般的諸検査は行つたものの他に特別な治療は行わず、徒手整復術については後日原告の家族と相談のうえで試みるか否かを決めることにした。被告村尾は、同月二七日は原告に対し特別の治療は行わず、原告は、同日、翌日が日曜日のこともあつて希望して一旦退院した。被告村尾は、同月二九日、原告を診察し負傷部位の湿布の治療をしたにとどまつたが、原告が痛みを強く訴えたため原告の同意を得て同月三〇日原告に対し徒手整復術を実施することにした。被告村尾は、同月三〇日、原告に徒手整復術を実施したが尾骨骨折の程度がひどく効果をあげることができなかつた。被告村尾は、右徒手整復が失敗したので、原告と話し合つた結果、原告の訴える痛みの程度、尾骨骨折部位の骨癒合の可能性が極めて低いこと、原告が早期に社会復帰を望んでいたこと等を総合的に判断して、同年一〇月二日に尾骨切除手術を行うことにした。

(三)  同2(三)の事実のうち原告が同年一〇月一四日行岡病院を退院し、同月二二日同病院に再入院したこと、原告の治療は同年一二月ころほぼ完了したことは認め、原告の手術の縫合部分が破れたこと、原告の手術後発生した切除部分の痛みが増強したことは否認する。

3  同3の事実のうち原告が昭和五一年二月二八日行岡病院を退院したことは認め、その余の事実は争う。

4  同4の事実について

(一) 被告村尾に関する事実のうち、被告村尾の注意義務違反の事実、原告の痛みと本件手術との因果関係は否認する。

尾骨骨折の場合の治療方法は一般論としては、保存的療法を原則とし、尾骨切除は相当期間の経過をみたうえで行うべきであるとされているが、右切除手術をできるだけ避けるべきであるとされる理由の主たるものは感染を起こしやすいためであり、切除手術自体は比較的容易とされている。また、尾骨骨折の治療方法は右のとおりであるが、具体的症例においてどのような治療行為を行うかについては、患者の年令、性別、負傷の程度、性格、生活環境等から総合的に判断されるべきであつて当該担当医師の極めて広範な裁量に委ねられるべきである。被告村尾は、本件において、手術自体の難易度、感染症の発生を止めうる可能性、原告が当時訴えていた痛みの程度、切除後に痛みの残る可能性等を総合的に判断して切除手術を行うことをやむを得ないと判断したものでその判断に何らかの誤りはなく、本件尾骨切除手術は医師として許された裁量行為の範囲内の正当な行為である。

被告村尾は、原告に対し、一般的な尾骨切除手術についての説明を行つた。手術については絶対確実ということはあり得ないことであるから、一般的に理解されている程度の説明で足りるものであり、特に痛みを除くための手術としては患者に精神的な安心感を与えることも手術を成功させる大きな要因となるもので確率の極めて低い疼痛の残る可能性についてまでの説明義務は負わないものである。

現在の医学水準においても尾骨骨折に伴い発生する疼痛の原因は全く究明されていない。従つて、具体的症例においては尾骨骨折自体によつて疼痛が生じることも、また尾骨切除手術自体によつて疼痛が生ずることもいずれも全く可能性がないとは言えない反面、疼痛の原因が負傷自体にあるとも、また切除手術自体にあるとも断定しえず、原告の前記痛みと本件手術との間に因果関係を認めることはできない。また、仮に、被告村尾の本件手術と原告の右疼痛との間に因果関係が認められるとしても、現在尾骨骨折の場合骨折部分を切除することは医学上認知された治療法であるから右切除手術は正当な行為であつて何ら違法性を有しない。それは、切除手術自体により疼痛が生じる可能性がないとは断定しえないとしても、現在の医学水準ではその原因の究明ができていない以上、右疼痛の発生を医師の責任とすることはできないからである。

(二) 被告病院に関する事実のうち、被告病院が原告との間に診療契約を締結したこと、被告病院が被告村尾を雇用していたことは認め、その余の事実は否認する。

5  同5の事実はいずれも不知。

三  抗弁

被告村尾の実施した本件切除手術は昭和五〇年一〇月二日であるから、原告が損害及び加害者を知つた時から既に三年が経過し、原告の被告らに対する不法行為による損害賠償請求権は時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否及び主張

抗弁事実は否認する。原告は、昭和五五年一月一一日ころ、医師や弁護士に相談の結果痛みの原因が被告村尾の本件切除手術にあることを知つた。

第三  証拠<省略>

理由

一原告は、昭和五〇年九月二六日行岡病院で受診した患者であり、被告病院は、右行岡病院を経営する財団法人であり、被告村尾は、当時同病院に勤務する医師で原告を診察し手術を行つたものであること、原告が同日自宅の階段から転倒し背部及び臀部を強打したため同日行岡病院に赴き被告村尾の診察を受けたこと、被告村尾が同日原告を尾骨骨折と診断したこと、原告が同日被告病院に一泊し同月二七日帰宅し、同月二九日、三〇日と同病院に通院したこと、原告が手術を受けるため同年一〇月一日同病院に入院し同月二日被告村尾による尾骨切除手術を受けたこと、原告が同月一四日同病院を退院し同月二二日同病院に再入院したこと、原告の治療は同年一二月ころほぼ完了したこと、原告が昭和五一年二月二八日同病院を退院したこと、被告病院が原告との間に診療契約を締結したこと、被告病院が被告村尾を雇用していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二右争いのない事実に<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五〇年九月二六日午後三時前ころ、自宅の階段から足を踏みはずし転落したため背部及び臀部を強打した。原告は、同日午後四時二五分ころ、娘に付添われてタクシーで行岡病院に赴いて被告村尾の診察を受けた。被告村尾は、原告のレントゲン撮影の結果、尾骨骨折(解剖学的には仙骨と尾骨の境界を越えた仙骨部分の骨折であるが一般には尾骨骨折と同様に扱つている。)で骨折部が直腸方向に約九〇度転位していると診断し、原告が強い痛みを訴えていたので点滴をして安静にし、様子をみるため入院を勧めた。そこで、原告は、点滴注射をしてもらつて同日午後五時四五分ころ同病院に入院した。原告は、その夜、骨折部分の疼痛を訴えたが、がまんできない程の痛みではなかつた。原告は、同月二七日、被告村尾から回診時に肛門から直腸に指を挿入して転位した骨折片を元の位置にひき戻す徒手整復術の施行を勧められてこれに同意し、同日、被告病院を退院した。

2  原告は、同月二九日、行岡病院に来院して被告村尾の診察を受けた際、同被告から徒手整復術を翌日に行うと言われ、その日は湿布の治療を受けて帰宅した。被告村尾は、同月三〇日午前一〇時一〇分ころから約一〇分間、原告に対し、局部麻酔によりエツクス線撮影下で徒手整復術を二、三回実施したが、骨折部は転位した位置にすぐ戻つてしまい、整復は不成功に終わつた。被告村尾は、右徒手整復実施後、原告ががまんできない程の強い痛みを訴えたので、尾骨は切除しても機能的障害を残さず日常生活にほとんど支障をきたさないことや骨折部分が直腸にくい込んでいて排便時等に常に動くため、固定器具を用いて骨癒合により自然治癒させる方法で治療することがむずかしいことなどを勘案し、思い切つて骨折部分の先端を切除した方がよいと考え、原告に対し、尾骨はなくても特に機能的な障害はないから尾骨の骨折部分を切除する手術を行う旨を話したところ、原告もこれを承諾した。

3  原告は、同年一〇月一日、行岡病院に入院し、同月二日午後二時二〇分ころ被告村尾による骨折部位から先の骨を切り取る尾骨切除手術を受けた。原告は、同日夜、腰背部や手術による創傷痛を訴えたものの右手術後の経過は良好で、手術の創傷部位の痛みは残つていたが、尾骨切除部分に痛みはなくなり、同月一四日同病院を退院した。

4  原告は、同月二二日、体を動かすと尾骨部がひどく痛むと訴え、手術部にできた血腫二〇CCを穿刺により抜取つた後、安静にする目的で行岡病院に再度入院した。原告は、右入院後も継続して尾骨部痛を訴えたがほとんどがまんできる程度の痛みであり、消炎鎮痛剤や副賢(ママ)皮質ホルモン等の投与、超短波やホットパック等の理学療法などの治療を受け、同年一一月二三日からは医師の許可を得て徐々に通常の生活に慣れて行くため外泊を始め、以後時々外泊をするようになり、昭和五一年二月二八日同病院を退院した。当時同病院の副院長をしていた小田義明医師は、この間の同月一八日、右各種治療によつても原告の痛みが持続しているのでその痛みは精神的なものでないかとの疑いを抱き、精神科医と相談するように被告村尾に指示した。

5  原告は、行岡病院に入院中の同月二四日、国立大阪病院整形外科で受診し、同科の川田嘉二医師に対し、右切除手術後の昭和五〇年一一月ころから尾骨部に鈍痛が生じ始め夜も寝られない程であると訴え、川田医師は原告に尾骨切除後の骨突出があるとして、尾骨骨折変形治癒との病名をつけた。原告は、行岡病院を退院した後、国立大阪病院整形外科に通院し、仙骨突出部の圧痛、特に歩行時における尾骨部痛を訴えた。原告は、川田医師から被告病院での前記切除手術は尾骨を切除し放しでそのあとをきれいにしていないので再度切除し直せば治癒するかもしれないと言われたので、昭和五一年四月一三日同病院に入院し、同月二一日同科で前の切除部の断端突出部分をきれいに削り取る尾骨部骨形成手術を受けた。右形成手術後、原告の骨片につき顕微鏡による組織検査が実施されたが、原告の尾骨部には痛みの原因となりうるような炎症はみとめられなかつた。原告は、右手術後しばらくして臀部痛、尾骨部痛、坐骨部痛を訴えて治療を受けたが、この間同科でうつ病の治療に用いるトリプタノールの投与を受けたり、尾骨部痛につき精神的な原因も検討されたりし、同年六月一六日同病院を退院した。原告は、右退院後も同病院に通院し、同病院での手術前と同様の歩行時の疼痛、発作的傾向のある尾骨部痛を訴えて治療を受け続けており、昭和五二年ころからは月一回の割合で通院し現在に至つている。なお、原告は、この間の昭和五二年五月二七日、行岡病院で受診し、被告村尾に対し、国立大阪病院で鎮痛薬の投与を受けており、時々突然疼痛を生じ薬を服用し塗薬を塗ると五分ないし一〇分位で痛みは軽くなること、温熱療法は効果があつて三日ないし四日は痛まないこと、突然痛み出すと患部が堅くなつてしまう感じがすることなどを訴えた。

以上のとおり認められ<る。>

三原告は、被告村尾が原告の診察及び手術を行うについて医師としての注意義務に違反して不適切な診療行為をなし、その結果原告に前記の痛みを生じさせたものであるから、被告病院は診療契約に基づく債務不履行責任ないし民法七一五条に基づく不法行為責任、被告村尾は民法七〇九条に基づく不法行為責任を負う旨主張する。

そこで、以下、被告村尾が原告に対して行つた診療行為について債務不履行ないし不法行為責任を負うべき不適切な点があつたか否かにつき検討する。

1  原告は、尾骨骨折については原則として保存的療法によるべきであり、疼痛が長期間持続するときにはじめて骨折部分の切除をするという治療方法が確立されているにもかかわらず、被告村尾は原告の受傷後わずか七日目に尾骨切除手術を行い、医療行為の裁量の範囲を逸脱した旨を主張する。

<証拠>を総合すると、骨折の場合は一般的に観血的療法はできるだけ避けるべきであるというのが外科の原則であり、尾骨、仙骨に限らず一般に手術部位には痛みを残しやすいこと、骨折ではその部位を固定して一定期間安静を保つことによつて骨癒合を生じて変形したままであつても自然治癒する可能性が高いこと、特に尾骨部分は場所的に清潔でないため切除手術の際感染症を生じる可能性があることなどの理由から、尾骨(仙骨も同様に考えられる。)骨折については保存的療法を原則とし、右保存的療法を相当期間続けても痛みが持続するときにはじめて切除手術を行うというのが一般的な治療方法であるが、右治療方法は手術によらない保存的療法によつて治癒する可能性が高く、かつ保存的療法を一定期間続けることに特段の支障のない通常の場合を想定した場合のものであつて、骨折の部位、程度等からみて保存的療法による自然治癒が困難であるとか患者が受傷後保存的療法中にがまんできないほどの強い痛みを訴えるなど右療法を相当期間継続するのに支障のあるような場合にまで常に必ず右順序に従つた治療をしなければならないというわけではなく、医師の判断により早期に骨折部分を切除する手術を行うことも治療方法として許されたものであり、右手術自体は容易で、さして危険なものではないし、感染症に対処する療法も十分可能であることが認められる。ところで、前記二で認定した事実によると、被告村尾は、手術による感染症や局部の痛みの可能性をも考慮に入れながらも、原告の骨折部が直腸方向に約九〇度転位して直腸にくい込んでいて排便時等に常に動き、器具を用いて固定させ骨癒合を生じさせることがむずかしい状態であつたこと、まず徒手整復術を試みたが転位部分がすぐもとに戻つてしまつて効果をあげることができなかつたこと、原告が右徒手整復術実施後がまんできない程の強い痛みを訴えたこと、尾骨は切除しても機能的障害を残すことはなく日常生活にほとんど支障を生じないことなどの事情をも総合的に考慮したうえで、本件においては早期に骨折部分を切除する手術を行うのが最も良い治療方法であるとの判断をし、切除手術に踏み切つたものであるから、右切除手術は、原告の診療に当つていた被告村尾の医師としての選択、裁量に委ねられた治療方法の範囲内の行為であるというべきであつて、何ら医師としての注意義務に反する不適切な行為ということはできない。この点についての原告の主張は理由がない。

2  次に、原告は被告村尾は原告に対し本件切除手術を行うにあたつて、骨折は保存的療法によつても治癒すること、切除手術によつて感染症に罹患したり手術後長期間にわたり痛みを残す危険性のあることについて全く説明をせず、右切除手術は原告の有効な承諾を得ないでなされた違法な行為であつた旨主張する。

一般に、医師は、患者に対して手術等の侵襲を加えるなどその過程及びその予後において一定の蓋然性をもつて悪しき結果の発生が予想される医療行為を行う場合、あるいは死亡等の重大な結果の発生が予測される医療行為を行う場合は、診療契約上の義務ないし右侵襲等に対する承諾を得る前提として、当該患者ないしはその家族に対し、病状、治療方法の内容及び必要性、発生の予想される危険等について、当時の医療水準に照らし相当と思料される事項を説明し、当該患者がその必要性や危険性を十分比較考慮の上右医療行為を受けるか否かを選択することを可能ならしめる義務があるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記二、三1で認定した事実によると、尾骨切除手術によつて特に生じる可能性のある危険は主として感染症であるが、これに対処する療法は十分可能であり、また、手術によつて局所に痛みを残しやすい点は尾骨切除手術の場合に限らず身体各部の手術一般について言えることで、患者側でもある程度予測できることがらであつて、右手術自体は容易でさしたる危険を伴うものではないうえ、尾骨骨折については保存的療法による自然治癒の場合でも相当期間痛みが残る可能性があるのであるから、被告村尾としては右切除手術によつて生じうる感染症や局所の痛みなど右手術に伴つて生ずることの予測されるあらゆる症状を具体的に遂(ママ)一説明するまでの必要はなく、手術の部位とその内容についての説明を行うだけで足りると解するのが相当である。そうすると、前記認定のとおり、被告村尾は、原告に対して尾骨の骨折部分を切除する手術を行う旨その手術の部位と内容を説明し原告の承諾を得たのであるから、本件手術は医師に手術前に行うことが要求される説明義務に違反し原告の有効な承諾なくして行われた違法な行為ということはできない。この点に関する原告の主張も採用できない。

四被告病院経営にかかる村(ママ)岡病院の医師である被告村尾が原告に行つた診療行為について原告の主張する如き医師としての注意義務に違反した不適切ないし不十分な処置や被告病院と原告間の診療契約上の債務の履行について不完全な点があつたことを認めることができないことは以上のとおりであり、被告村尾は本件医療行為につき不法行為による責任を負わないものであり、被告病院も債務不履行ないし不法行為に基づく責任を負うものではないというべきである。

五よつて、原告の本訴請求はその余の主張について判断するまでもなく、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(山本矩夫 朴木俊彦 川野雅樹)

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